2013年06月12日

みなさまで『くちづけ』を

封切り上映中の『くちづけ』。私たちBmapがそのライブ音声ガイドを付けることが決定しました。知的障害者のグループホーム“ひまわり荘”を舞台に、個性あふれる入居者とそれを取り巻くさらに個性的な人々が織りなす悲しくも暖かい物語。

メンバーのひとりが、『くちづけ』の試写を2度も観て心を揺さぶられ「このような映画をBmapの音声ガイドで多くの人に観てもらうことができたら」と口にしたのが2月始め。5月の封切り上映を待ち、メンバー9人で本編を観に行く機会を得ました。
それぞれが泣いて笑って衝撃を受け丸の内TOEIを後にしました。

そしてこのたび私たちの想いが突然実ることとなりました。
しかし制作時間が非常に短く怒濤の1週間が過ぎた今、なんとか視覚障害の方にもこの映画の“そのまま”を伝えたい、とゴールを直前にしてまだ奮闘は続いています。もちろんこの両日は日本語字幕も付いています。健常者の方にもFMラジオでご一緒に楽しんでいただくことができます。
ひとりでも多くの方にこの映画をご覧いただけますよう、みなさま揃って足をお運びいただけたら幸いです。

5月15日(土)・16日(日)丸の内TOEIにて。
@11:10〜A13:40〜 共に字幕とライブ音声ガイド付き B18:35〜 字幕付き
(FMラジオでのライブ音声ガイドとなります。どなたでも是非お試し下さい)
※詳細はBmapホームページをご覧ください。
(広報一同)





『くちづけ』にくらくらしながら

私が小学校低学年の頃、クラスの中に一人や二人、うーやんやマコが普通にいた。知的障害者なんて言葉も知らず、なんの違和感もなく一緒に授業を受け、いじめる子もいなかった。
私のクラスにいた女の子はいつも笑みを浮かべて優しかった。のろまで給食も遅かった私は彼女に不思議な安心感をもらい、放課後よく教室に残って遊んだ。

学年が上がるにつれ、彼らは“特殊学級”という名の教室に学年に関係なく入れられた。
中学では、学校行事だけそのクラスも一緒だった。遠足の時、私は顔見知りの“たもっちゃん”という男の子と話がしたくて、そのクラスにこっそり混じりお弁当を食べた。年はかなり上だったかもしれない。おだやかで私の質問にも嫌がらずちゃんと答えてくれた。
『くちづけ』を観て気づいた。二人とも私の片想いだったのかもしれない。彼らの包容力の大きさに当時の私は気づいていなかっただけだ。

そして私が実家を離れた頃、母から親戚のエイコちゃんという(私と同年代の)女の子の話を聞いた。母親はなにかとうちの母を気遣ってくれた人だった。7人兄弟の真ん中に生まれ「相撲のこと、すごく詳しいんよ」と母は言った。その子の両親はエイコちゃんが“女の子”であることをとても心配してひとときも目を離せない、と耳にしたとき、不覚にも始めてハッとした。彼女の成長に伴った体の変化には、妹さんがまだ小学生の頃からすべて面倒を看ていたとも聞いた。
その後実家で一度だけエイコちゃんに会うことができた。私よりずっと大きな体だった。「家帰ったら、お父さんと相撲みる」とうれしそうに教えてくれた。母が「ほら相撲のこと聞かせて」と声を掛けるとたちまち、当時の横綱同士の取り組みを実況中継よろしく最後まで早口でよどみなく喋りきった。見事だった。その子の母親は苦笑いしながら「(自宅の工場に)この子の仲間がたくさん働きに来てくれているお陰でうちは助かっている。本当にこの子のお陰なんよ」とエイコちゃんの頭をずっと撫でていた。
ほどなくその母親が亡くなり、私の母も亡くなった今、エイコちゃんのその後を知る術はない。

私の出会ったみんなとその家族は、どうやって暮らしてきたのだろう。
厳しい制限時間に迫られた『くちづけ』の音声ガイドを制作しながら、私は、懐かしさと胸を潰されるような悲しさで何度も立ちつくし、今の彼らを想った。
アル中の袴田の言葉通り、きれい事を並べてうまく行くワケないのも分かる。でも私は彼らがごく普通に生きられる世の中を、あきらめきれない。無知で優柔不断で為す術もないまま年を重ねた私は、ただ全ての人にこの映画を観てもらいたい、と心から願うばかりである。


(記 篠田)
posted by bmap at 00:00| 上映会告知